HOME | 中四国の名建築 | 旧京都宝ヶ池プリンスホテル

旧京都宝ヶ池プリンスホテルの魅力を探る

(現ザ・プリンス京都宝ヶ池)
建築家村野藤吾によるザ・プリンス京都宝ヶ池

建築家 村野藤吾

昭和の建築史の礎を築いた巨匠

折衷様式建築の修練を積み,近代的な表現技法と,伝統的な建築素材のもつ濃やかな情感を体験として探り当て、古典に近代感覚を自由に盛り込んだ作風と、熟達した実務派として高い評価を得た日本を代表する建築家。

1891年 佐賀県生まれ
1918年 渡辺節建築事務所入社
1929年 村野建築事務所設立
1930年 欧米に遊学
1935年 そごう百貨店大阪本店 
1936年 大丸神戸店 
1937年 宇部市渡辺翁記念館
1949年 村野・森建築事務所へ改組
1953年 世界平和記念聖堂
1958年 米子市公会堂
1959年 旧横浜市庁舎
1959年 佳水園
1962年 尼崎市庁舎
1963年 日生劇場
1978年 箱根プリンスホテル
1982年 新高輪プリンスホテル
1984年 11月26日 永眠
1986年 京都宝ヶ池プリンスホテル

旧都ホテル
(現ウエスティン都ホテル京都)

旧京都宝ヶ池プリンスホテル開設の経緯

宝ヶ池は宝暦年間(1760年頃)に農業用としてつくられたため池。戦後宝ヶ池公園として整備され、1966年日本で最初の国立会議施設として国立京都国際会館が開設されました。
京都商工会議所の塚本幸一会頭が1986年日本開催予定の「第12回サミット」を京都に誘致するために「国際会館付近に大型宿泊施設を建設するのが必須だ」とホテル誘致を推進しました。その後、宝ヶ池の都市公園区域の指定を一部外し大型宿泊施設の計画が具体的に進んでいきました。

設計者変更

竹中工務店の設計施工ではじまったこの計画は、堤義明氏に幾つかの案が提出されたが、なかなか気に入られることがなかった。監修として計画に参加していた村野藤吾氏に案を求めていたが、会議の最終段階で一葉のスケッチを胸ポケットからおもむろに出してきたのが、楕円構造の案であった。
本作は村野藤吾氏が最後に手がけたホテルとなった。村野藤吾氏は基本設計を終えた段階でこの世を去ったが、残された図面やスケッチが所員たちの手に引き継がれた。

旧京都宝ヶ池プリンスホテル

アプローチと円形の外観

円筒形をした宿泊棟は周囲の豊かな自然に溶け込むようにデザインされています。箱根プリンスホテルと同じ円筒形のフォルムですが、箱根プリンスホテルは円筒形が2つ並んでおり、こちらは巨大な円筒形の宿泊棟が1つとなっています。

特有のフォルムをもつ排気塔を通りぬけ、リズミカルな緑の並木を左手に、右手には連続するアーチを越えるとエントランスホールに導かれます。
薄紅色の砂岩で覆われた連続アーチとホテルとの対比によって、独特な有機的印象を与えています。

旧京都宝ヶ池プリンスホテル

ホテル内部

ここでは五感を刺激する村野藤吾の優雅な曲線美が放つ圧巻の建築美を楽しむことができます。地階と1階は吹き抜け構造で籐で飾られた階段が地階の宴会場にいざないます。

京都宝ヶ池プリンスホテル

 

京都宝ヶ池プリンスホテル
 
京都宝ヶ池プリンスホテル

ドーナツ状の平面であり、建物の真ん中は中庭となっています。その中庭を取り囲むようにロビーや受付、レストランや客室が円形に並んでいます。
外装だけでなく、内装も有機的な曲線や円形のモチーフが用いられており村野建築に共有する優雅で艶やかな空間となっています。

京都宝ヶ池プリンスホテル

 

建築家村野藤吾による京都宝ヶ池プリンスホテル
建築家村野藤吾による京都宝ヶ池プリンスホテル

 

米子市公会堂

 

京都宝ヶ池プリンスホテル
京都宝ヶ池プリンスホテル
京都宝ヶ池プリンスホテル

 

京都宝ヶ池プリンスホテル

隣接する京都国際会館

京都国際会館

1963年に開催された建築コンペには195点の作品応募がありました。その中で選考されたのは丹下健三氏の弟子大谷幸夫氏でした。
約46度に傾斜した鉄筋コンクリートの壁や柱と水平の梁が幾重にも重なり合い、台形と逆台形の空間の組み合わせで構成された力強く直線的なモダニズム建築でした。

対となる建築

隣接する建築に対しその外観をどのように意匠するか。
1957年丹下健三氏による旧東京都庁舎と同年に竣工した村野藤吾氏が手がけた有楽町そごう(読売会館:東京有楽町)は「公共」対「商業」という対比で比較されました。旧東京都庁舎は構造と機能との結び付きがそのままデザインとなっているのに対して、有楽町そごうは外部の表現と内部の構造との乖離が非難の対象となっていった。
有楽町そごうは同時期に隣接した場所に建てられ比較対象となったが、今回は既に存在している建築に対しその外観をどのように意匠するかであった。
シンボル的な存在でもあった国立京都国際会館に隣接する公園に18年後に計画することとなった村野藤吾氏は、台形・逆台形の断面で構成された力強い直線的な形態に対し、公園の風景に溶け込む流れるような柔らかい曲線で臨んだのであった。
自然美と直線美の様式に曲線美が加わることで京都宝ヶ池には多用な豊かさが表現されることとなった。

旧京都宝ヶ池プリンスホテル
 

Related Sites

世界平和記念聖堂

世界平和記念聖堂

渡辺翁記念会館

渡辺翁記念会館

米子市公会堂

米子市公会堂

尼崎市庁舎

尼崎市庁舎