京都市美術館の設計
関西の財界、市民の寄付により昭和天皇即位の礼を記念にした「大礼記念京都美術館」として1930年にコンペティションが実施されました。
コンペティションでは様式規定として「四周の環境に応じ日本趣味を基調とすること」とし、審査員には伊藤忠太氏や武田五一氏などが参加しました。そして、選ばれたのは前田健二郎氏でした。
前田健二郎案をもとに京都市営繕が設計し1933年竣工。建物は鉄筋コンクリート2階建て、外壁は赤レンガのモダンな外装に屋根は瓦を使った和洋折衷の帝冠洋式スタイルでした。
建築家 前田健二郎(1892年~1975年)
東京美術大学を卒業し逓信省、第一勧業銀行勤務を経て1924年独立。
戦前には数々のコンペに入選し「コンペの前健さん」の異名を取った。京都市美術館以外にも資生堂本社や片岡安氏が顧問となり高橋貞太郎氏と共同で取り組んだ日本生命館(現高島屋日本橋店店)などがあります。
東洋風との条件でコンペとなった日本生命館
帝冠様式建築
名古屋市庁舎(平林金吾)
1930年代に流行した和洋折衷の建築様式。鉄筋コンクリート造の洋式建築に和風の屋根を冠したデザイン。伊藤忠太、佐野利器、武田五一が中心。日本の伝統的な瓦屋根や反りのある大屋根を組み合わせたデザインが特徴で近代建築の強さと和の端正な美しさをあわせ持っています。
改修工事
2015年京都市は、開館80周年を機に再整備計画を策定し公募型プロポーサルを実施しました。
公募内容は、耐震改修だけでなく、人々が「ゆったり滞在し、ゆっくり楽しめる美術館」など4つの方向性のもと新棟の建設、カフェ・レストランやミュージアムショップを整備することが記されていました。特に古い建物であり機能面ではアメニティ施設やロビーの空間もなく、建物の外にテントを張って入場者に並んでもらう状況となっていました。これらの課題解消も公募要件とされました。
19の応募作品から青木淳・西澤徹夫設計共同体の設計案が選考されました。
建築家 青木淳
水の柱をイメージした
LOUIS VUITTON銀座並木通り店
1956 神奈川県に生まれる
1982 東京大学大学院工修士課程修了
1982 磯崎新アトリエ勤務
1991 青木淳建築計画事務所設立
2019 東京芸術大学美術学部建築科教授
2019 京都市京セラ美術館の館長就任
2020 品川雅俊をパートナーとする
主な作品:青森県立美術館、潟博物館(ビュー 福島潟)、馬見原橋、LOUIS VUITONなど
リニューアル
エントランス
コンセプト「像を重ねていく美術館」とし、80年余り京都市民をはじめとした人々に愛されてきた美術館の姿を残しつつ、別の様相を出現させることとしています。
その特徴的なものとしてつくられたファサード「ガラス・リボン」は、従来の正面玄関をそのままにし、一段掘り下げたところに新な玄関をつくることで京都市美術館のイメージを壊すことなく機能的なエントランスを実現しました。
エントランスを掘り下げたことにより、なだらかなスロープ状の傾斜がつけられ、広場と一体化した憩いの場としてコンサートやパフォーマンスなどのイベントが開催されています。
ミュージアムショップ
ザ・トライアングル出口
中央ホール
大陳列室と呼ばれた天井高16mの大空間の展示室をリノベーションで各展示室につながるハブ空間に機能を転換。
螺旋階段と2階に左右の通路を新設し1階と2階の動線を改善しています。
中央ホールは展示室であったため東側扉は長らく閉じられていて、暗いイメージとなっていたました。展示室でなくなった中央ホールの東側扉を開けることで東西を貫通させ動線を改善させるとともに、庭園からの光が入ってくることで全体を明るくしました。
2階は愛らしい円形窓やステンドグラス、大理石の壁など昭和初期の雰囲気がそのまま残った空間となっています。
これまで刻まれた歴史や過去を引き継ぎ魅せることで、深みある建造物へと進化させています。
中央ホールからの日本庭園